トマトのジュレ

こんなことがありました。

学生時代の失敗談です。

忘れられない出来事の一つです。

学生時代、フランス料理のレストランで給仕のアルバイトをしていたんです。

勤務は地元の西宮だったんですが、西宮の店舗がオープンしたてのお店やったんで、神戸元町の店舗で研修を受けていました。

元町のお店は厳しいお店で、雰囲気と味もそれに比例して良いお店でした。

研修中は髪をスーパーハードジェルでオールバックに固めてましたね。笑

シェフの人柄は、そっくりそのまま料理に現れると思います。

料理人も職人ですから。

町工場の製品と同じです。

特に段取り、下ごしらえというのは、どんな仕事であれ結果に、とんでもない差を生み出します。

フランス料理のアルバイトは本当にたくさんのことを勉強させてもらいました。

もちろん料理に関することもなんですが、料理以外のことの方が多い気がします。

一番の学びは、フレンチであろうがなんであろうが、食事は楽しく頂く、ということですね。

肩に力が入り過ぎると味がしなくなります。笑

多くの店がそうやと思いますが、ランチとディナーの両方をやっているレストランは、ランチの方が忙しいんです。

当然お客さんが多いから、というのもそうなんですが、もっと言うと回転が多いからです。

回転というのは、そのテーブルが何回売り上げを上げるか、のことで、ディナーは回転数よりも顧客単価を重視するのに対して、ランチは回転数を重視します。

これは、利益率が低いから、多売によって利益を増やす、という意味と、たくさんの人に店の味を知ってもらうことで広告を兼ねる、という意味もあります。

回転の都度テーブルクロスも替えますし、グラスやカトラリーも並べ直します。

ショープレートといって、フランス料理では、後からすぐ下げてしまう直接料理を置かないお皿を予め並べておいたりもします。

テーブルを拭いて終わりではないので、回転があるとかなり時間を割かれることになります。

ランチはサービスなので、あまり儲けることを考えてない、という飲食店経営者の方も多いと思います。

この辺も町工場ととてもよく似てるな、と思います。

なんでもかんでも自分さえ儲かったらええねん、というもんではないです。

ランチが気に入ったレストランは、ディナーも是非行ってみてほしいです。

予算は跳ね上がりますが、そのお店が本気を出すのはディナーです。

料理の見た目だけでなく、ソースの中身や、飲み物、給仕、デザート、付け合わせ、照明の角度やテーブルクロスのシワまで違います。

一番違うのはスタッフの気持ちです。

ディナーは、もてなしのための余裕も生まれやすいですからね。

その元町のフレンチレストランで事件が起こったのは、ランチ営業の時でした。

そのお店も人気店のため、ランチは目の回るような忙しさです。

手練れの社員ですらそうですから、入りたてのアルバイトなんて、足手まとい以外の何者でもありません。

お客さんからしても、目障りですらあったと思います。

邪魔者がいない方が食事は美味しいですからね。

ただし、こっちも研修中なので、ボーッとつっ立ってるわけにもいきません。

給仕の手伝いのために、給仕の師匠である社員からトレーごと料理を渡されたんです。

フランス料理のレストランでは、例えば4人席に、給仕が2人ついて、対面となるお客さんに同時に料理を出すことがあります。

給仕が2人いれば、両手に料理を持ってたら、料理を出し終わるのも早いですからね。

ソワニエといって、VIPの席やと、4人席で4人給仕がついて同時に料理を提供することもあります。

忙しいランチとかは、サービスの質よりも、早く料理を提供することが求められる場合があるので、その場の判断で省略されることがあります。

お客さんも、それを求めてますからね。

人間お腹減ってると腹が立ちやすいですから。笑

なぞなぞみたいやな。笑

減ってくると立ちやすくなるものなーんだ。笑

お店側もその辺も見極めて給仕に当たってるわけです。

そのテーブルでは2人で給仕に当たりました。

たぶんステンレスやったと思います、丸い銀色の金属製のトレーに、カクテルグラスをおっきくしたようなガラスのグラスが2つか3つ。

中身は忘れもしません、トマトのジュレを使った料理でした。

ジュレ、というのはゼリーのことで、デザートだけではなく、コンソメのようなスープに対しても使われる調理の方法の一つで、フランス料理ではよく出てきます。

左手にトレーを持ったまま、トレーから右手で一つカクテルグラスを取ります。

嫌な予感はしたんです。

料理を出す瞬間に、左手のトレーの上のカクテルグラスがゆっくり傾いていきます。

次の瞬間には、もうお客さんの肩に赤い染みができていました。

よりによって、白いブラウスにトマトのジュレ。

なんやったら、肩に乗ったジュレがプルプルと震えてたかもしれません。

お客さんの肩も震えてたかもしれません。

僕も震えてたかもしれません。笑

6人くらいで40代から50代くらいの全員女性のグループやったと思います。

人気店のフランス料理のレストランに、おめかしをしてこない女性はいません。

その後の予定もあったでしょうし、そのお客さんには、本当に申し訳ないことをしました。

当然僕も直後に平謝りしましたが、お店の対応としては、まずはすぐに僕をお客さんのところから遠ざけました。

一番上席の社員が謝ってくださったと思います。

そして、僕がどのくらい怒られたのか。

実は、まったく怒られなかったんです。

誰からも。

全く。

その代わりに僕の師匠が裏方で、どやされてました。

いつもはとても優しくて冗談が面白くて温厚な上司の社員に。

怒られるよりも堪えましたね。

でも、内心助かったと思いました。

ずるいですよね。

弱い人間ですよね。

この経験は、ミスをした人間にどう接するか、の僕の一つの基準になっています。

今でもこの指導の意味を考えます。

僕を怒鳴りつけたら社員もスッキリしたと思うんですけどね。

誰もしなかったですよ。

アルバイトとして西宮の店舗で働いている間も、ずっと覚えていて、自分なりにお返しができるようには働いたつもりです。

結局また別の恩を頂くことになるのですが、それはまた別の話。笑

恩というのは、ずっと返しきれないまま溜まっていくんですよね。笑

恩と縁は繋がってるんかもしれません。

酸っぱい思い出ですね。

トマトだけに。笑

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