巨星

巨星落つ。

という表現をすることがあります。

偉大な人が亡くなることを意味しますが、科学者や文学者はさておき、安易にこの表現が使われているようにも思えますが、自分と接点の無い人は巨星かどうかも理解することはできません。

2020年に自分にとっての巨星が2つも落ちてしまった年でした。

形あるものいずれ滅する運命とはいえ、寂しいものがあります。

そのお二人は先代から公私ともに交流させて頂き、公私ともに大変助けて頂いた方々でした。

残された自分達は、何をすればいいのかなと考えるんです。

亡くなった方から、形の無いものを受け取り、それを自分の中で昇華して、引き継いでいくことが、自分なりの供養のようなものになるんじゃないかと思うんです。

少なくとも、形ばっかりのお墓参りよりも喜ばれるんでは、と思うのは僕だけでしょうか。

血縁関係はなくとも、親戚のようなお付き合いをしてくださる方々でした。

なんで、あそこまで優しくしてくださることができるんやろうと思うんです。

自分には、とても同じことができるとは思えないです。

お会いしたときに、聞かせて頂いた話も覚えています。

自分の身に当てはめて、自分ならこうしろと言われるやろうなと想像しながら、今、行動することができます。

入れ物としての体が無くなっても、その人が自分の中で生き続けるとは、そういうことを言うんじゃないかなと自分なりに思うんですよね。

輪廻転生。

袖触れ合うも多生の縁。

またいずれどこかで巡り合ったときに、また仲良くさせてもらえる気がしています。(書きました。「案因運縁恩(あんいんうんえんおん)」)

ご冥福をお祈りします。

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