枠を外す

固定観念、という言葉がありますね。

これはこうである、と、凝り固まってしまっている考え方のことです。

嫌いなんですよ。笑

嫌いというか、そうはならんようにしたいな、と心掛けているつもりです。

何も奇を衒(てら)うのが正しいわけじゃないので、あえて奇人変人のフリをする必要は無いと思います。

例えば趣味とか特技ってありますよね。

単語とか、なんか綺麗にまとまった名詞でないとだめ、と考える人が多いと思います。

読書、とか。

テニス、とか。

別にそんなんやなくても、ええと思うんです。

休日に見たことないマンホールを探しにいく、とか。

初めて出会った人を3秒で怒らせる、とか。

内容の是非はともかく、趣味、特技やと思うんですよね。

僕は、就職活動の時の特技の欄には、話すこと、考えること、伝えること、とか書いてしまっていたくらい、そういうことが好きです。

習い事も長続きせず、他に書けることが無かったというのもありますけど。笑

上手かどうかは自分で決められないので、人に判断してもらうとして、本当に好きですね。

人に何かを、うまく伝えられたらすごく嬉しいですし、そのために心血を注ぐことは厭わないです。

特に仕事中は、ずっとそういう水準で頭をスタンバイ状態にしています。

例えば簡単な図を描いて説明するとか、例え話で言ってみるとか、数式で書いてみる、とか表現する方法はたくさんありますし、話している相手の性格や性別や年齢を考えたり、話している環境とかも考えながらコミュニケーションを取るようにしています。

口調や目線や仕草にも、真理の片鱗は、たくさん隠れてます。

例えば新卒と既卒で社員へ指導する時の向き合い方も違うし、男性と女性でも違います。

これだけでもう4パターン出てくる。

性格なんて限りないから、パターンも限りないですよね。

同じ言い方、接し方をしていても、結果は揃わないと思う。

こういうことを考えるにあたって、今まで育ってきた環境がそうさせるんやと思います。

側から見ていて、意思疎通の齟齬がある人、たくさんいました。

キャッチボールしてんのに、お互いボトボト落としあってる感じです。笑

それを傍観者の自分が拾う感じですよね。

議論のベクトルが揃わないと、いつまで経っても議論はスタートしない。(書きました。「ベクトル」)

もったいない。笑

あとは、やっぱり出会った本の影響も大きい気がします。

大学生になって以降、ビジネススキルの本や、自己啓発のような本も読みましたが、自分の中で、もっともっとそういう思考を育ててくれたのは、別の本ですね。

小説の影響もとても大きいですし、さらに言えば絵本まで遡ると思います。(書きました。「How to win friends and influence people」)

幼少期、おかんが絵本の読み聞かせをしてくれたんですが、当時5歳くらいでしょうか、兄弟4人が集まって、僕が末っ子やから特等席で膝の上に座らせてもらったのを今でもよく覚えてます。

本は心を豊かにすると言いますが、ホンマにそうやと思いますよ。(書きました。「文圧」)

知ってることが偏ると、思考が偏ってしまう。

一つ本を読むと、その反対のことゆうてる人の本読むのもいいですよね。

柵(しがらみ)というか、固定観念というか、偏見というか、色眼鏡というか、あると自由な考えの邪魔になるんですよね。

いわゆる常識と呼ばれるものも大事ではあるんですけど、それに捕まってしまうとダメというか。

秩序は必要やと思うんですけどね。

必要なものの本質を考えて、次にそれを満たすものを考える。

もし達成したいことに対して邪魔な枠組みがあれば、一回その枠を外して、もう一度組み立て直す感じです。

本来、目標が達成できるなら、なんでもいいはずです。

その時にあるものを使えばいい。

仕事をしていても、これでないとあかん、とか、これはこういうものや、という人が多いです。

いちいちそんなことを気にしてるから、遅くなるし、費用も高くなるんです。

特に小さなことはパッと考えて、ピッと決めた方がいいです。

何か解決が必要なことがあった時に、前例とか、実績とかばっかり気にしていても解決しないのと同じですよね。

ものづくりの世界でも日常茶飯事ですし、自分ではそういう考えをするのが好きですね。

自己満足かもしれませんが、すごく得したような気になるんです。

たとえば僕よく子供に、ゴミからおもちゃ作ってあげるんですけど、ゴミってそのままゴミにすると環境的にマイナスですよね。

で、おもちゃを買うための資材を買うと、それも、お財布的にマイナスですよね。

マイナス1とマイナス1でマイナス2なんですよ。

でも捨てずに工夫したら最後にプラスなんです。

環境的にプラマイゼロ、お財布的にプラマイゼロやと、捨てた場合に比べて2多いんですよ。

教育的にも、いいことやと信じてます。

ある時、パレットに絵の具を絞りながら、娘がゆうたんです。

「無いものは作ればいい」って。

なんか聞いたことあるな、って思ったら僕が娘にゆうた言葉でした。

ちっちゃい体に、たくさんの引き出しを持っていて、僕や嫁はんがゆうた言葉を大事にしまっててくれるみたいです。

嬉しいことですが、それだけ影響がある以上、滅多な行動は取れへんなと思います。

子供は発言ではなくて、行動を見ている。

家の敷地内に生えてきた木からおもちゃ作ったらアカンというルールは無いと思います。笑(書きました。「タチバナモドキ」)

確かに捨てて新しいの買った方が早いときは、たくさんあります。

でも、なんでしょうね、ものづくりに携わる人間の血がそうさせるのか、直そうとしてしまうんですよね。(書きました。「ものづくりの神様」)

まあ、とんち、ですよね。

思考が柔軟な人は冗談も面白い気がします。

そういう人を目指したいですね。

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