大きい声やね

自分としては、色々考えながら日頃のコミュニケーションをしているつもりです。

別に誰に対しても気は遣ってないし、言いたいことは言わせてもらうんですが、例えば言葉の選び方一つとっても、結果は変わってくると思うんですよね。

イメージとしては、オブラートに鉄砲玉包んどく感じ。笑(書きました。「オブラートに鉄砲玉」)

ちなみにメールは異常なほど丁寧に書きます。笑(書きました。「メールの心得」)

子供の頃の自分の家庭を思い出すと、自分のおかんは、子供に対して、うるさい、とは言わなかった気がするんです。

その代わりに、大きい声やね、と言ってたような。

そのせいかどうかわかりませんが、僕も自分の子供に、うるさい、と言うことはなく、大きい声やなあ、というようになりました。

いつどこで読んだ話か忘れましたが、少なくとも2010年以前の記事やと思います。

何かの記事で、電車の中で見ず知らずの人のヘッドフォンの音漏れを注意する話が載っていました。

記事の中で、注意をする側の人が、音が漏れていますよ、という言い方をしたんですよね。

うるさい、というのは感情です。

音が漏れている、というのは事実です。

親切心から、音が漏れている、という事実を知らせてあげた、という考え方なんですよね。

うるさいから文句を言った、ということではなくて。

感情で伝えるか、事実で伝えるかを意識する。

こういうことは僕も日常のコミュニケーションに取り入れています。

自分が購入者として、何かを購入した時もそうですが、まず事実としてこうやったよ、と伝えます。

写真とか動画を送ることもあります。

腹いせに難癖を付けたい気持ちはわかりますが、そんなことが目的ではないし、お互いの時間がもったいないです。(書きました。「いただきます」)

変に恨まれても嫌やし。笑

こうなってたから、こうしてほしい、と冷静に伝えたらいいだけの話です。

そうなってほしい時に、なってほしい状態になってくれなかった苛立ちは当然出てくると思うんですが、その感情をぶつけたところで、たいていの場合その状態が早く解決することにはならないと思います。

むしろ先方のやる気がなくなって、遅くなるかも。笑

ただ、威圧したり恫喝することで欲しいものを手に入れる人もいるので、何が正しいかは置いといて、そこは僕の性格もありますね。

若干のカマシで一芝居打つことはありますけど。笑

お互い落ち着いた後に、今後のために感情を交えて話すことはあります。

継続的な関係であればあるほど、お互いのために良好な関係を築きたいですからね。(書きました。「人間力」)

自分はメーカーの人間やから、作る方の気持ちもわかりますが、そうではない業種の人からすると、理解が難しい時代なんかもしれませんね。

野菜に虫がついてるとか、買った商品の包装がされていない、とか形状に不備がある、とか。

もちろん程度にもよるけど、日曜日に親子で釘と金槌を持つような、家庭でのものづくりを目にすることも減ってるでしょうし、そういうこともあるわな、という考え方ができる人は、今は少ないんかもしれませんね。

ものづくりの世界に生きる人間としては、少し寂しい気もします。

ものつくるの、おもろいんですけどねえ。

アメリカについて調べた時に知りましたが、飛行機が遅れることに対して、あまりにもしょっちゅう起こるので、基本的に諦めるのが早いそうです。

日本人やと、まずは代理店とかに文句を言う人が多いそうです。

この国は、足ることに慣れすぎてしまったんでしょうかね。

閑話休題。

男性と女性でも脳の構造や、脳内ホルモンの分泌のされ方は違うそうです。

当然、思考の過程も変わってきます。

男性は事実で考える、女性は感情で考える、といわれるそうです。(書きました。「ささいなこと」)

なにもそれが真実そのものではないですが、ある程度説得力はあります。

子供に注意するときは、大きい声やなあ、の後に、アリさんの声出せる?とか、ねずみさんの声はどんな声やろう?とか言って、なんとか小さい声で話させるように努力しています。笑

欲に勝る動機はないです。

できることなら、好奇心とか楽しい気持ちでもって、なんとか乗り越えたい。

どっちの方が小さい声出せるか勝負しよう、とか、パパの手が下に来たら小さい声出してな、とか、興味をそそりやすいように色々考えたりも、します。笑

飽きられたりもしますし、いつもそれでうまくいくとは限らないですけど。笑

子供は賢い生き物なので、親の意図を嗅ぎつけると、意図的にその意向にそわないようなこともやります。

かまってほしいから、あえて怒られることもやる。

愛情を試すようなこともします。

機嫌や個体差もある。

頭では理解していても、成長の過程上、どうしても譲れないときもある。(書きました。「お母さんの「敏感期」」)

こうなるともう幼児教育学というよりも生物学的な話ですよね。

生きてる以上しょうがない。

心理学の大家アルフレッド・アドラーによると、否定は動機付けにならないそうですね。(書きました。「Emotet(エモテット)への注意喚起」)

するな、というのは動機付けにならない。

大きい声で話すな、と言っても、強い理性をもってやりたいことを我慢することは難しいです。

大人だって、子供の見てないとこで、子供に見せられへんようなこと、やりたい放題やってんねんから。笑

まずは大人が手本を見せんとだめですね。(書きました。「ウンチのうんちく」)

大人は子供の先生でありたい。(書きました。「先生」)

胸を張って子供と向き合いたいです。

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